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校長挨拶・沿革

校長挨拶

校長写真

校長 片山 豊

学校で「学ぶ」ということ
 人は何故「学ぶ」のでしょうか。
「それは豊かに生きていくために他ならない。」との声が聞こえてきそうです。
また、「だからこそ人は、艱難辛苦を乗り越え、『学び』という修行をおこなうのです。」という声も聞こえてきそうです。
 しかし私は、「学ぶ」ことは楽しいことであり、その楽しさが「豊かさ」をもたらし、「うそ偽りのない人生を送れる」と考えております。
 そして社会がいかに大きく変化しようとも、その根幹をなす「人」にとって、「変わらぬもの」、いや、「変えてはならないもの」があります。それを本学園は、「愛と真実」の立学の精神に見出し、「人」が、『学び育つ』学校として歩んでおります。
 そのため、ここ大阪夕陽丘学園に学ぶ生徒の皆さんには、「大好き」を見つけてもらい、その「大好き」を極めることのできる「人」になっていただけるような学習プログラムをそろえております。
 本校は大阪市内の天王寺に近く、交通の便が良い、歴史と伝統に育まれた学園です。この混沌とした社会においても、「輝く自分を見つけよう」と、未来を切り拓こうとする皆さんの入学を、心から待っています。

沿革

昭和14(1939)年
里見純吉
創立者 里見純吉
株式会社大丸元社長故里見純吉の発意にもとづき、
大丸洋裁研究所を堺に設立。
昭和17(1942)年 大阪市天王寺区(現在地)に移転。大丸洋裁学校、のちに大阪家政学園と改称し、高女卒業者を対象とする。
昭和18(1943)年 戦時の要請により、保健婦養成施設の指定を受ける。大阪女子厚生学園と改称。
昭和21(1946)年 文化部を新設し、従来の保健婦養成部門を厚生部とする。
昭和22(1947)年 財団法人大阪女子厚生学園を設立。
昭和23(1948)年 学制改革にともない、大阪女子厚生学園高等学校を設立。
昭和25(1950)年 高等学校を大阪女子学園高等学校と改称。
大阪女子厚生学園厚生部・文化部を廃し、大阪女子学園短期大学を設立。
昭和26(1951)年 財団法人大阪女子厚生学園を、学校法人大阪女子学園に組織変更。
平成元(1989)年 2年次からのコース制を導入(文系Ⅰ型・文系Ⅱ型・理系型)。
平成15(2003)年 1年次からのコース制を導入(英語国際・音楽・美術・総合進学)。
平成16(2004)年 特進(文系)コース新設。
平成17(2005)年 学校法人大阪夕陽丘学園、大阪夕陽丘学園短期大学、大阪夕陽丘学園高等学校と改称。
男女共学化(一部)。
平成30(2018)年 総合進学コース廃止。文理進学コース新設。
全コース共学化。

平成31(2019)年

令和元

令和記念館 竣工。
学園設立80周年。
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